だれかの木琴  井上 荒野

新しく家を建て、夫と中学生の娘と暮らす主婦の小夜子。
偶然入った美容室の担当美容師からの営業メールに
なぜか執拗に返信し、美容室に通い詰めるようになる。
美容師だけじゃなく、その恋人にまで近づくようになったり、
中学生の娘の若さに嫉妬を感じたり。


でも、その心の奥で本当に小夜子が望んでいるのは
美容師でも娘の若さでもないんだなというのが
だんだんわかってくる。
だから、それが手に入るまでは
小夜子の奇行はずっと続くんだろうなという恐ろしさを感じる。


手に入らないものを追い求めたり、
手からこぼれおちて戻らないものを取り戻そうともがいたり、
それはすごくすごくつらいことで、
いっそあきらめてしまえば、きっとラクになれるんだろうに、
小夜子はあきらめることができなくて、
それとも、あきらめるという選択肢があることに
気がつかないのかもしれない。


そういう情熱を持つことも、そう悪くないというか
常軌を逸しなければいいのではないかと昔は思っていたけれど
今はあまりそうも思えなくなってきた。
そんなときに、やっぱり自分は枯れてきたのかなと思う。


だれかの木琴

だれかの木琴