あの日にドライブ  萩原 浩

大手都市銀行にまじめに勤めていながら、
上司の機嫌を損ねてリストラされ、
タクシー運転手になった伸郎。43歳。
成績はふるわず、運転手仲間はギャンブルに明け暮れていて
客には見下された態度を取られ、
家族からも冷たくされ。
「本当のオレはこんなんじゃないのに」と
人を見る目があるお客にスカウトされることを夢見ることも。


また、銀行なんかに就職するんじゃなく、
大学時代に好きだった小さな出版社に就職すればよかったとか、
大学時代に付き合っていた恋人と結婚すればよかったとか、
そうしたら今頃はどんな人生を送っていただろうと
伸郎の妄想はとまらない。


もし、過去に戻って人生やりなおせるとしたら、
いつからやりなおせばいいだろう。
今の人生、何もかもうまくいかないなあと思ったとき、
誰しもそういうことを
ふと考えてしまったりすると思う。
人生には、いくつもの分かれ道があって、
そのときに違う選択をしていたら。
そうしたら、自分は今とは違うどんな人生を歩んでいたんだろう。


伸郎は、タクシーの仕事をしながら、
過去の自分を、もう一つの自分の人生を訪ねてまわる。
でも、選択しなかった理想の過去と、
あまりに悲惨な現実と、
その両方に、違う別の面があることに気がつく。
違う面というか、そこにある真実というか。


何もかもが、すぐにうまくいくわけじゃないし、
もしかしたら過去に違う選択をしていたら、
たしかに今よりずっと幸せだったかもしれないけれど、
それでも、人生ってそう悪いばかりじゃない。
表面だけではわからないことが
いっぱいあって、
すごい人だと思っていた人が、中身はつまんない人間だったり
一見、人生に失敗したような人が
実はすごい経験や技術を持っている人だったり。


そういうことを見つけていちいち驚いたり感動したりするのも、
また楽しい人生なのかも。
自分の人生も他人の人生も限りなく奥深いもので、
誰にもバカになんてできないものなんだ。
肩書きと過去の栄光に縛られてばかりの伸郎が
自分の頭で考えて、心でしっかりと感じるようになる過程が
とても心地よかった。


ただ、タクシー運転手の心理やタクシーのシステムなどがよくわかって、
ますますタクシーに乗るのが嫌いになった。
ま、たぶんよっぽどのことがない限り、もう乗らないけどね。


あの日にドライブ

あの日にドライブ