神様からひと言  荻原 浩

言いたいことを我慢できないストレートな性格が災いして
大手広告代理店を辞め、食品会社に再就職した涼平
経歴を買われて販売促進課に配属されたものの、
またまたその性格が災いして、リストラ要員のための最後の部署
「お客様相談室」へ異動となる。


そこには、リストラされてもしょうがないなあというような
一癖も二癖もあるできそこないの社員がいるわけだけれど、
それぞれ、ちょっと人より秀でた面も持っている。
お客様相談室でも、最初はそのプライドが邪魔をして
まったく役に立たない涼平なのだが、
謝罪のプロ「篠崎」の指導により、
少しずつ仕事やお客様への向き合い方が変わってくる。


ふだんはギャンブル狂いで仕事する気はまるでナッシングな篠崎が、
言いがかりとも言えるクレームを主張する「お客様」を
丁寧ながらもばっさばっさと切って行く姿はお見事。
そして、理不尽な会社のやり方に不平不満ばかりだった涼平が、
会社のせいにするのをやめて、真摯に仕事に取り組むことで
仕事だけでなく、人にも真摯に向き合えるようになっていく姿は、
いいなあと思えた。


特にいいなあと思ったのは、その篠崎が会社を「おでん鍋」に例えるくだり。
おでんの中ではメインだったり欠かせない具材も、
他の料理では使えなかったり、脇役だったり。
でも、おでんでは目立たない脇役が、他の料理では主役級に変身する。
とてもわかりやすくて、いい例えだなと思う。
いつか、自分の子どもが今いる場所で行き詰ったときに、
教えてあげたい話だなあ。


あと、ストーリーとは別に、私が共感した部分。

有益。効率的。合理化。競争を勝ち抜く。他社に先駆ける―自分だけが得すればそれでいいのか?
マーケティング戦略。販売戦術。ビジネス戦力。流通戦争―戦争反対、ラブ&ピース。
主婦のニーズ。若者のニーズ。OLのニーズ。サラリーマンのニーズ―ニーズ、ニーズ、ニーズ。もういいや。


3年程前、IT企業の取材の仕事で、
最先端の技術開発をしている方々の話を聞く機会が多かった。
特に携帯電話関連の技術開発の進歩はとても早くて高度で。
開発に携わっている技術者の人たちには「数年先の日本を見据えている」という
やりがいと自負できらきらと輝いていた。
「ニーズに応える」のもっと先を行く「ニーズを生み出す」人たちだった。
そして今、たしかにあの人たちが語っていた技術を持つ
携帯電話や電気製品が、市場に出回っている。すごいと思う。


その人たちが作りだしたニーズを、また他の人たちが追いかけて、
さらにその先に、まだ誰も持たないニーズを作りだして。
それで日本の技術は世界のトップレベルになったんだなあと。
でも、常に新しいものを追い続けることが価値であるという世界では、
今、あるものや古いものに満足していてはいけないと
追い立てられているような気がして。
立ち止まってはいけない、振り返ってはいけない、
先に先に、誰よりも先に、誰よりも早く。
時代に先駆けて走り続けている人たちを見ていて、
私なんて、ほんと見ているだけなのだけれど、
ふと、疲れてしまった。


なんて、実際、私も日々の生活や仕事では
パソコンやネットや携帯にすっかり依存しているわけだけれど。
その人たちが作りだしてくれた技術がなければ
今やどうしようもないのだけれど。


でも、だからこそ言えなくて、数年間心に持ち続けていた
「ニーズ、ニーズ、ニーズ、もういいや」
というフレーズに、ほっとしたのかもしれないなあ。


神様からひと言

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