波打ち際の蛍   島本 理生

恋人からの日常的な暴力により、
心に傷を負ってしまった主人公、麻由。
通っていた相談室で、蛍という男性と出会う。
お互いに心惹かれあいながらも、近づこうとすると悪夢がよみがえる。
募る想いと、人を信じることへの恐れの間で葛藤する麻由の姿は
とても痛々しく、
同時に、犯罪者でもなんでもない普通の人間が、
ここまで人を傷つけてしまうことができるということに
改めて恐ろしさを感じる。


ところで、よく考えると恋愛小説を読んだのは久しぶりのような。
そのせいか、というか自分がすっかり恋愛モードじゃないせいか、
この作品でも、麻由と蛍の恋愛よりも、その周囲の人たちが気になった。


たとえば麻由の母。
痩せて、口数も少なくなって、様子がおかしくなって実家に戻ってきた娘を、
何も聞かずに受け入れる。
それでも、時には心配のあまり仕事のことや恋愛のことなどを問いかけるけれど、
答えたくない様子を察すると、すぐにまた黙って見守る体勢に入る。


私だったら、心配で心配で、いろいろ聞いてしまうかも。
答えてもらえない状況だったら、周囲に聞きまくったり調べたりするかもしれない。
でも、子どもが大人になってしまったら、そうもできないのかも。
じっと我慢して見守るということも必要になるんだなあ。


もう一人、麻由を見守っているのが、従兄弟のさとる。
さとるはDV男から麻由を救い出し、その後もいろいろと気にかけてくれて
麻由が唯一心を許している男性だ。
彼がなかなかいいキャラで。物語の中でもほっとする存在。
自分の子も、こういう男の子に育ってほしいなあと思ったりして。


そして、当事者でもあるけれど、麻由を取りまく人ということでやはり蛍。
どんな言葉が彼女を傷つけ、
どんな言葉を欲しているのかを読み取るのが難しい状態で、
自分も傷ついたり、迷いながらも、向き合うことを諦めなかったのは、
彼自身が弱さや心の傷を持っていたからなのかなと思う。


心に傷を持つもの同士が、依存し合ってそこに留まるのではなく、
理解し合えるからこそ、ともに前進していくことができる。
そういう関係に踏み出す強さと勇気を持つこと。
弱さや心の傷は、なければない方がいいけれど、
ときにはそれが、他の人には持てない強さや優しさに変わることもできるんだなあ。
なんて、思った。


波打ち際の蛍

波打ち際の蛍