フリーター、家を買う。 有川 浩

タイトルを見て、これは作家である著者が
家を買った経験記だろうなと思った。
作家というお仕事はフリーランスでもあるわけだし。
フリーターとはまたちょっとは違うけれど。
それを言ってしまったら、私もフリーター……


と、そんなことは置いておいて。
体験談でもノンフィクションでもなかった。
ちゃんと誠治というフリーターの主人公がいる話だった。


そこそこの高校を出て、そこそこの私大に進んで(一浪したけれど)
そこそこの会社に就職したのに、研修の雰囲気が合わなかったからと
その後の会社生活にもなんとなく馴染めずに、
入社3ヵ月で会社を辞めた誠治。
3ヵ月で会社を辞めた誠治を雇ってくれる会社はなく、
次の就職先が見つからないまま、だらだらとフリーター生活に入る。
しかし、アルバイトもちっとも長続きせず。
就職活動もだんだんおざなりに。
当然、家の中の雰囲気もギスギス。
そして、ある日気がつくと、母が心を壊してしまった。
それも、かなりひどく。


この前半の誠治のダメっぷりと
そして父親の誠一の無責任っぷりには、本当にあきれるばかり。
それに比べて、結婚して家を出た誠治の姉の亜希子のなんとかっこいいこと。
男ってほんとにお子ちゃまだな!


そんな誠治が、母親の変わり果てた姿を見て、
自分を振り返り、本気で就職活動を始める。
その傍ら、自給のいい土木作業のバイトも始める。
バイトはとてもきついが、一緒に働く現場のおっちゃんたちが
誠治の心の支えになってくれる。
このおっちゃんたちとの会話がとてもいい。
そして、誠治も少しずつ変わっていく。

世の中、道理が通らないことなんて山程ある。みんながどこかで我慢している。
だから何でも我慢しろというのはナンセンスだが、我慢のしどころ、
主張のしどころというものはある。
我慢しすぎて寿美子のように壊れてしまっては元も子もないし、
根拠のない自尊心を大事にしすぎて誠治のようにそこそこだった会社を
袖にしてしまっても元も子もない。


ここまで考えられるようになった誠治。
それでも、現実はとても厳しい。

どうしたらどこかで「君が必要だ」と言ってもらえるようになれるのか。
滑り落ちたスタート位置に再び戻れるなら今度こそ。
だが、実績が伴っていない誠治に信頼はない。


わかるなあ。そうなのだ。
信頼を得るためには実績が必要。
でも、その実績を作るための最初の一歩をつかむことが、
何よりも難しい。
私も、最初にライターの仕事を取るのは大変だったなあ(遠い目…)
それを考えると、やはり、実績がなくても採用してくれる
新卒採用というのは、ありがたいシステムだ。


こうして少しずつ変わっていく誠治に
ついに居場所ができていくわけだけれど、
自分の力で獲得した居場所と、
彼を取り囲む人たちがとても温かくて、
心がほっこりとなる話だった。


ところで、この著者は『阪急電車』も書いた人だったんだなあ。
日常の、誰もが遭遇するようなちょっとした人と人との心の諍いや
裏側の暗い部分を書くのが、とても上手だなと思う。
それでいやな気持ちになるのではなく、
ああ、こういうことって、誰にでもあることなんだなと思えるというか、
私もこんな風にいやな気持ちを持つことがあるなと自分を顧みられるというか。
こういう、うっかりと見過ごしそうな
何気ない日常の出来事を丁寧に表現できる人って、いいなあと思う。


フリーター、家を買う。

フリーター、家を買う。